タグ: オードリー・ヘップバーン

  • 松濤美術館「111年目の中原淳一」に感動、自分の人物画の水彩画の師匠だよ、繊細なタッチとセンス

    松濤美術館「111年目の中原淳一」に感動、自分の人物画の水彩画の師匠だよ、繊細なタッチとセンス

    2024年8月8日(木)

    昨日は美術展に行ったよ。だけど、昨日夜8時頃の首都圏の雷はすごかったね、人生であんな強烈な稲妻を見たのは初めてかな。

    そして、その美術展はこちら。

    • 「111年目の中原淳一」
    • 会期: 2024年6月29日(土)~2024年9月1日(日)
    • 開催: 渋谷区立松濤美術館
    • 入館料: 一般1000円(入館料のお支払いは現金または渋谷区キャッシュレス決済アプリ「ハチペイ」のみ)

    自分はこのり中原淳一さんを全く存じ上げていませんでしたが、その絵は記憶の彼方にあるんだな、昔々、少女雑誌とかでよく見た絵だよね。

    こんな企画展です。

    イラストレーション、雑誌編集、ファッションデザイン、インテリアデザインなどマルチクリエイターと呼ぶべき多彩な活動で知られる中原淳一(1913-1983)

    彼は、戦前に雑誌『少女の友』でデビューをし、挿絵や表表紙を手がけ人気を博したほか、編集にも関わっていきました。1937年に日中戦争が勃発すると、戦時色が強まる中で同誌を去ることを余儀なくされます。しかし、中原の雑誌制作への情熱は絶えることはなく、終戦の翌年の1946年には自身が編集長を務める『それいゆ』を創刊。その後も『ひまわり』、『ジュニアそれいゆ』、『女の部屋』などの雑誌を手がけていきました。


    中原の生誕111年目を記念し開催される本展では、こうした数々の雑誌に掲載された挿絵や表紙の原画をはじめ、デザインした衣服、アーティストとして制作した絵画や人形など、中原の仕事の全貌に迫ります。「再び人々が夢と希望を持って、美しい暮らしを志せる本をつくりたい」という想いのもと、中原が生み出したこれらのクリエイションの数々を通じて、今もなお色褪せることのない魅力を紹介します。

    観ての感想。生の原画を観ると、タッチの繊細さがよくわかります、そして原画はほとんどが水彩画です。この人、ある意味で天才だと思いました。自分にとって人物画を描くうえでそのタッチと繊細さ、女性の描き方は本当に参考になりました

    あのオードリー・ヘップバーン的な女性の描き方はこの人が最右翼ですね、だれでも知っているあの色使いと構図。水彩画を勉強している人は絶対に観に行った方がよいです。

    自分は図録は絶対買わないだろうという思い込みで行ったのですが、思わず勉強のために買ってしまいました、それほどすばらしい企画展でした。

    油絵も1点ありましたが、この方は絶対に水彩画だよね、あんな発色、あの時代にどうしてできるんだろうね。

    観終われば、麻布十番へ。向かうは「新福菜館」しかありません。

    中原淳一と天候の熱にやられて、思わずビールから入ります。

    やっぱりここの黒ラーメンは最高。夜もチャーシューを買って帰り、ご飯のともに

    今日も充実した一日でしたよ。

    企画展「和田誠 映画の仕事」は映画ファンなら行くべし、本当に堪能させていただきました

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  • ティファニー、NY、オードリー・ヘップバーンが揃えば向かうところ敵なし

    ティファニー、NY、オードリー・ヘップバーンが揃えば向かうところ敵なし

    2024年5月13日(月)

    数日前まで“午前十時の映画祭”であの「ティファニーで朝食を」を上映していたのです。

    自分はこの名画をもちろん劇場で観たことはないのですが、DVD鑑賞ですら全部観たことはないと思うんだよね、お恥ずかしいことです。

    というわけで、この機会を逃してなるものかということで、今回日本橋のTOHOシネマズに足を運んだのです。釈迦に説法ですが、話しはこんな感じ。

    朝の宝石店ティファニーの前でデニッシュを食べる娼婦のホリーは、
    引っ越してきたばかりの駆け出し作家ポールと出会う。
    酔っぱらいから逃げて部屋へ来て、眠り込んでしまった彼女にポールは興味を抱く。
    ホリーの夫ドクが彼女を連れ戻そうとするが、彼女は断ってしまう。
    ホリーがブラジルの外交官と結婚するのを知って傷ついたポールは、小説を売って得たお金をつきつけるが…。
    輝く宝石のようなオードリーの魅力をちりばめた、素敵でおしゃれなラブ・ストーリー

    原作は、かの高名なトルーマン・カポーティです。監督はブレイク・エドワーズ。

    観ての感想。やっぱり全編通しては初めて観たと思います。話しの結末は原作とは違うようですが。話し自体は深みも何もないものなのですが。だけど、映像がすばらしい

    ティファニー、NY、オードリー・ヘップバーン(with ジバンシーのファッション)が揃えば向かうところ敵なしですね。まさにそんな感じで、話しの筋は別物。

    オープニングのあの3分である意味、歴史的な映画になったよね。

    そこから先はどたばた劇が続くのですが。自分は映画のオープニングの最高は「サウンド・オブ・ミュージック」だと今まで思っていましたが、「ティファニーで朝食を」も双璧ですね。まさに自然と都市の対比でね。あのシーンを考えた人は偉い、今でもニューヨークの雰囲気を伝えるのはこのオープニングだよね。

    上階の日本人の描き方とかで細かいこと言う人がいるが、この映画ではそんなの邪道だと思います。オードリーに生ムーンリバーを唄わせただけで、もう映画の歴史になるのですから。

    だけど、まじで言うと、どうしてカポーティはそんなに評価が高い作家なのか、本当に不思議です。タイトルの付け方は認めます。「ティファニーで朝食を」を考えたのは天才です。

    ローマの休日は白黒だったので、この「ティファニーで朝食を」をカラーで残したくれたことに感謝

    だけどあのジバンシーの黒いドレスはすごいよね、映画の歴史の中で一番有名なドレスだよね、シンプルの局地。

    鑑賞後は、日本橋の「ますたにラーメン」へ。現実に戻ります。“ますたにで昼食を”です。これもまた良しですね。

    劇場で「ローマの休日」を観たよ、解説は何と淀川さんの名調子、喜楽でチャーシュー麺を

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  • ジャン=リュック・ゴダール監督追悼で映画館で「勝手にしやがれ」を観た、脚本というより映像演出の斬新さが秀逸だな

    ジャン=リュック・ゴダール監督追悼で映画館で「勝手にしやがれ」を観た、脚本というより映像演出の斬新さが秀逸だな

    本日も昔の名画のお話しです。先日、フランスのジャン=リュック・ゴダール監督がお亡くなりになられました。自分の映画史の中ではそんなに思い入れのある監督ではなかったのですが、「勝手にしやがれ」と「気狂いピエロ」はDVDで鑑賞していたと思ったのです。

    映画館の大スクリーンで観る「勝手にしやがれ」はどんなものかなと興味本位で、渋谷のBunkamuraル・シネマに足を向けたのでした。

    “ジャン=リュック・ゴダール監督追悼上映”に参戦です。

    9月13日に91年の生涯を閉じたジャン=リュック・ゴダール監督を追悼し、ゴダール監督の長編デビュー作『勝手にしやがれ』と、ヌーヴェル・ヴァーグの最高到達点と評される代表作『気狂いピエロ』の2作品を追悼上映いたします。

    ジャン=リュック・ゴダールは1930年12月3日パリ生まれ。「カイエ・デュ・シネマ」誌などで映画評や映画論を執筆したのち、長編監督デビュー作となった『勝手にしやがれ』(60)がベルリン国際映画祭監督賞及びジャン・ヴィゴ賞を獲得して以来、フランソワ・トリュフォー、エリック・ロメール、クロード・シャブロル、ジャック・リヴェットらとともにヌーヴェル・ヴァーグの中心人物として、また映画史において最も重要で影響力のある映画監督のひとりとして知られています。

    2022年9月13日、スイスの自宅で91歳の生涯を閉じたゴダール監督に敬意を表し、追悼上映を行います。

    鑑賞した後の感想です。実はこの名画「勝手にしやがれ」を観たことがないことが分かったのでした。アチャーです。

    月並みな表現ですが、この映画は脚本というよりジャン=ポール・ベルモンドとジーン・セバーグの魅力とジャン・リュック・ゴダールの斬新な演出とカメラワークが最大の魅力なのかな。「気狂いピエロ」ほど難解な話しの筋ではないな。

    当時のパリの雰囲気が映像に爆発しています。当時、この映画を観たらその斬新な演出にはまっただろうなという映画ですね。だけど、ジーン・セバーグはオードリー・ヘップバーンに容姿やそのコケティッシュさ雰囲気も含め、よく似ていますね。そう素直に思ったのでした。

    だけど、当時のパリでもジャン=ポール・ベルモンドの演じた役の日常はやっぱりありえないな。まあ、映画だと言われればそうなのですが。気狂いピエロといい、やっぱり最後は破滅的になるのね。

    話は脇道にそれますが、沢田研二の「勝手にしやがれ」はこの邦題が由来なのかな。